雷山小過(らいざんしょうか)~度を越してよいこと・悪いこと~

62.雷山小過(らいざんしょうか)

「度を越してよいこと・悪いこと」

この卦が表すもの

「山」の卦の上で「雷」が鳴っている形をしています。「小過」とは、少し過ぎるという意味で、「過」には過酷・過剰・過労の熟語があるように、限度を越えている状態を表します。この卦では、日常生活や人生においての「行き過ぎ」について説いています。

この卦が私たちに教えること

雷山小過では、少しの行き過ぎはよいとする一方で、大きな行き過ぎは禍いであると教えています。

まず、日常の心がけについては、行動には慎重・丁寧に過ぎるくらいでちょうどよいときがあるといいます。喪の際には、少し哀しみの情が過ぎるくらいがよく、物を活用するときも贅沢に流れがちなので、少し倹約が過ぎるくらいの心持ちがちょうどよいと説きます。

人の生き方については、自らを過大評価し、分限や実力をわきまえずにつき進むと必ず破綻が訪れるといいます。例えば創業者の二代目社長について考えてみましょう。二代目のトップは、創業者の子である場合が多いですが、うまくいく場合といかない場合とにはっきりと分かれるものです。うまくいく場合とは、これまで創業者を支えてきた社員を大切にし、自分にはまだ実力が伴っていないことを自覚している場合です。自分に与えられた立場に重大な責任を感じるとともに、これまでの創業者の側近に意見を求め、すべてのことを慎重に進めることでしょう。

今くいかない場合は、恵まれた環境が当たり前のことと勘違いし、経験もない上に自己評価が異常に高く、欲にかられ会社を食い物にしてしまうことです。

分限をわきまえた上での冒険(少し過ぎること)は必要です。言葉で表せばわかりきったことなのですが、いざ自分の人生において、どのくらいが行き過ぎであるのか、分限や時の勢いを的確に読み取ることは大変に難しく、これが原因で失墜する人が後を絶たないのが実情なのです。

この卦が出たあなたへ

少しの行き過ぎの場合ならうまくいきますが、度を越した行動は慎んでください。実力以上のものを望んだり、力の及ばない相手と争うと破綻をするときです。禍を避けるためには、日常生活においても、謙遜の態度を守ることが賢明です。度が過ぎるくらい相手を敬い、倹約し、約束の時間も早すぎるくらい前に到着して、手落ちがないときです。

仕事や事業では、時期を失っているときで、過失をしていることもあります。無茶が続いたと感じたら、一度リセットするつもりで休み、冷静にこれまでの自分を検証してみることです。

男女の人間関係では、かつては熱烈に情熱を傾ける恋人どうしであったのに、今は仲たがいをしている状態です。この卦の形を見ると、上と下の卦が背中合わせになっていて、両者が同じ強さで自己主張しており、分かり合えなくなっていることを表しています。関係修復を望んでいるのなら、まずはどちらか一方だけが我慢して譲るのではなく、お互いが一歩ずつ譲ることができる方法を探してください。

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